最終更新 :
でーこん@観る将時々ネタ将
@deconsystem
雪舞う朽木の館で世を平らかにできない己の不甲斐なさを切々と語る将軍義輝。
同じく季節外れの雪が舞った今日の東京。ウイルスで不穏な日常を暮らす現代において、麒麟を連れてくるのは果たして誰だろうか。
#麒麟がくる
まんりき王朝@3日目ヘ-45b
@manriki_ocho
義輝が眺めてる庭園、少し本物の朽木の義輝御所跡・旧秀隣寺(現興聖寺)庭園の雰囲気ありますね。庭園監修入っているからかな #麒麟がくる #NHK
令和の土星人@現場全滅
@4568Ts
足利将軍義輝が朽木で明智光秀に謁見していた1550(天文19)年、播磨国では栗山善助が生まれています。黒田官兵衛の側近として活躍し、後に黒田家筆頭家老となりました。
#麒麟がくる #軍師官兵衛
一二三
@nunonofuku123
朽木谷も、足利義輝、金ヶ崎の退き口、関ヶ原の戦いと歴史的に重要なとこなので一度行きたい。 #麒麟がくる
ふるゆき
@natumey
都落ちした将軍義輝をかくまう朽木氏は、この後に信長の金ヶ崎撤退戦、さらに連名で関ヶ原にも登場するマイナーだけど意外に重要な歴史の脇役だ。
#麒麟がくる
カーフ
@kalfs
大和大納言(豊臣秀長)
@jsyl37gD03IA
#麒麟がくる
朽木といえば、金ヶ崎、
信長様も危うく難を逃れた辛い思い出
sally
@sally_chatnoir
雪舞う朽木の悩める公方様が美し過ぎて、最後の方の十兵衛覚えてないわごめん。
#麒麟がくる
かよちゃん
@kayohchan
朽木はね、将軍様も隠れにくれば、信長だって隠れてた。隠れてた岩がある。 #麒麟がくる
シロタン@おーちゃん
@ohchansirotan
朽木荘(滋賀高島市)は足利義輝ら将軍たちが京を追われた際に避難した土地。朽木氏岩神館は義輝の父、義晴が乱を逃れ3年間滞在。館跡の興聖寺境内には土塁が残り、名勝の旧秀隣寺庭園は貴重な中世末期の武家庭園遺構。 #麒麟がくる
おいも
@oimo_otk
麒麟がくる、今週くるものがあるな。。。
そういえば朽木といえば、信長の撤退あれよな。
A I NO UE
@ainoue3319
将軍
は三好長慶の謀反で滋賀に。
織田と駿河の今川が戦を始めたが、美濃は尾張と接しておりこの戦は迷惑。
尾張と三河は平穏である方が良いと言うことを将軍様にお伝え下さい。
土岐頼藝 朽木へ向かう明智。
#麒麟がくる
大和
@YAMATO_tbc
朽木と言えば信長が朝倉攻めの時に京に逃げて朽木越えを果たした場所。
#麒麟がくる
kyoko
@kyoko_naotora
#麒麟がくる
義輝公は何度か朽木に移動されてるはず。しかし朽木って地名がなんかもう落ちぶれ感が半端なくてですね…
キム虎
@soukurokimyan
近くに朽木出身の人がいるので「ねえねえ、向井理が朽木に落ち延びたってホンマ?」って聞いてみよう
#麒麟がくる
空知
@sorachiakira
十兵衛、藤孝とともに朽木へ向かう道中。同じ道を信長とともに通るのは20年後か。朝倉攻めの最中に浅井の裏切りを聞いて兵を退いた際(いわゆる金ヶ崎の退き口)、朽木氏の手引きで京へと逃げ延びた道。 #麒麟がくる